欲を持つことの意味とは?

更新日:2021年9月23日





以前のレッスンで哲学「バイラーギャ:離欲」

についてお伝えしました。 ヨガでは、欲を手放すことで

楽になれるともいうので、

欲のイメージは若干マイナスに

捉えていたのです。

しかし、 哲学をお伝えし、

参加者の方に欲について意見を聞いた時に、 自分の中で一変したのです! 欲は持ちすぎると苦しみを招くものですが、 純粋に欲や願望を自分の中でどういう位置付けをしているのか?

そこが大事だと気付かされました。



以前レッスンでヨガの実践するための

二つの心構えをご紹介し、

その中で「ヴァイラーギャ」について考えてみました。

レッスンでは時折スライドを使用して哲学をお伝えしています^^





ヴァイラーギャ」は、書かれている通り、

日本語では、「離欲」と訳され、欲を手放し、結果を手放すと言われます。


ヨガの経典ヨーガスートラは 元はサンスクリット語で記述され、 多くの方が翻訳されています。

訳している方の経験だったり、

や表現の違いが出てくるので、多少のニュアンス違いが出てきます。



ある方が訳したのヨガスートラには、 バイラーギャは


「見極めること、ありのままを見ること」


と記述されています。


例えば、瞑想中、目を閉じた途端に、

物事や人のこと、雑念が湧いてくること ないでしょうか?




その際に、

「集中しないと…」

「考えてはダメだ。」


と一度は思ったことないでしょうか?

そうなった時こそ、 バイラーギャの練習のチャンスです☆


「集中しないと」

「考えてはダメだ」


と思う欲を手放すために、



「今の自分」をありのままを見ていく。



たとえ、集中できなくても、

雑念が浮かんできても、そのままの自分を

そのまま見ていくのです。




その繰り返しにより、


ありのままを見ていくことは、

結果的に欲を手放していくこと(=離欲)

につながっていくのだと思います。

では、日常に置き換えてた時に、

欲とどう付き合っていくのか?



ある参加者は、


「欲は自分の支えになっています」

とのことでした。



話を聞くと、その方は職人さんで、 「いいものを作りたい」という欲が

あるから作り続けられるのだそうです。

なるほど〜🤔


と自分の中の「欲」の概念が覆りました。


どうしても、ヨガを学び、実践していくと、 欲との戦いが必ずといっていいほど、

ぶつかる壁です。





ヨガはマットの上だけがヨガではなく、

マットを降りた日々の生活の中で

どう過ごすのか、そこもとっても重要です^^



場面場面で、

自分の欲というものが、

どんな役割を果たすのかも、

自分自身で納得していることが大事なのかなと

思いました。

コロナ禍において、以前のような生活ができなくなり、早1年半。


そろそろ海外旅行に行きたい。

好きな場所に旅行に行きたい。 気軽に友人と会ってご飯を食べたい。など、


そういった欲は自然なことで、

誰しも抱くと思います。 オヤジ世代の皆様。



これからの未来、

自分がどう生きたいでしょうか?


自分の中にある「欲」はなんでしょうか?


人生100年時代と言われ、 どうしても年齢を増すごとに、

身体機能は低下していくことは、

避けられないのは事実としてあっても、

心の中は「自由」です^^

もしかしたら、その欲が自分の支えになるかも

しれません^^

自分のために、自分の喜びのために、

究極的なところでいい最期を迎えるために、



心からの欲していることはなんなのか?

その実現に、私たちがお手伝いできるのであれば、嬉しいに越したことはありません^^

ぜひ一緒に心とカラダの健康を目指し、 ヨガを始めていきましょう^^

無料体験実施中です!



また、無料見学会も実施しておりますので、

お気軽にお問い合わせください😊




閲覧数:22回0件のコメント